いただいた応援メッセージ   

    

===高橋慶彦様より応援メッセージをいただきました!===


不動の1番打者として『赤ヘル黄金時代』にチームを牽引した高橋慶彦様より、
当大会への応援のメッセージと色紙をいただきました!ありがとうございます!


高橋慶彦様   高橋慶彦様色紙

写真の色紙を抽選で1名様にプレゼントいたします。
ご希望の方は、件名に<色紙希望>とし、info@koshientaikai.net  にメールを送信してください。
本文には、住所、氏名、電話番号、メールアドレス、所属チーム名(あれば)を明記してください。
応募締め切りは 2015年9月30日(水)です。
なお、当選者以外の方へ結果等のご連絡はいたしませんのでご了承くださいませ。

【高橋慶彦氏 メッセージ】

 皆さんこんにちは。
 今年100周年を迎えた「全国高等学校野球選手権大会」は、大物ルーキー出現などもあり、また多くの記録と記憶を残して終了しましたね。
 私は、北海道の炭鉱で栄えた芦別市で生まれ幼少期を同市で過ごし、その後東京に移り城西高等学校で野球を続け3年生の時夏の甲子園に出場しました。もうかれこれ40年前の話ですが、高校時代は甲子園を目指して毎日練習に明け暮れたのを懐かしく思います。
 その後、プロ野球は広島東洋カープに入団し阪神タイガースに移籍するなど現役選手時代はセリーグを中心にプレーをさせてもらいました。高校時代夏の大会でプレーさせて頂いた甲子園球場は、プロに入ってからは目標から勝負の場として変わり幾度もプレーして参りました。いつも最高のコンディションを提供してくれる甲子園のグラウンドでのプレーはやはり守りと共に走り易く、最高のグラウンドである事は間違いありません。
 その甲子園球場を全国大会会場にする大会を、友人と全国の野球仲間が運営されている事をお聞きしました。何事にも目標を持ち継続していく事が肝要ですので、参加されるチーム、選手そして運営関係者の皆様頑張って下さい。
 末永く「プライドジャパン甲子園大会」が続き、草野球を愛好する皆様の目標になる大会になるよう応援しております。


■ 高橋慶彦氏プロフィール
1957年(昭和32年)3月13日 北海道芦別市生まれ
1974年(昭和49年)、城西高等学校(東京都豊島区)のエース、4番で3年生時に夏の第56回全国高等学校野球選手権大会に東東京代表として出場。
1975年(昭和50年)広島東洋カープにドラフト3位で入団、入団後間もなく打者に転向、スイッチヒッターとして1978年からレギュラーに定着。
1970年第後半から80年代の赤ヘル黄金時代に1番打者として活躍。
79年には、33試合連続安打の日本記録を打ち立て、同年の日本シリーズでは全7試合で安打し打率.444を記録、MVPに輝いた。
90年、ロッテオリオンズ、91年、阪神タイガースへ移籍
1992年(昭和4年)現役引退。
引退後は、95年から福岡ダイエーホークスの一軍打撃・走塁コーチ、97年は二軍守備・走塁兼打撃コーチを務めた。
04年シーズ途中に千葉ロッテマリーンズの一・二軍巡回コーチへ招聘され。10年より二軍監督を務めた。
 (プロ通算成績)
・実働17年 1,772試合、6,510打数、1,826安打、163本塁打、607打点、477盗塁 打率.280
・盗塁王:3回(1979年、80年、85年)
・最多安打:1回(1980年)
・ベストナイン:5回(1978年~80年、83年、86年)
・オールスターゲーム出場:6回(1979年80年、83年~86年)

(高校野球時代)
・1979年(昭和49年):第56回全国高等学校野球選手権大会に東東京代表として出場
    

===佐々木信也様より応援メッセージをいただきました!===



元プロ野球選手、解説者、そして「プロ野球ニュース」の初代総合
キャスターとしてもおなじみの佐々木信也様より、当大会に向けて
応援のメッセージと色紙をいただきました!ありがとうございます!


佐々木信也様   佐々木信也様色紙

写真の色紙を抽選で1名様にプレゼントいたします。
ご希望の方は、件名に<色紙希望>とし、info@koshientaikai.net  にメールを送信してください。
本文には、住所、氏名、電話番号、メールアドレス、所属チーム名(あれば)を明記してください。
応募締め切りは 2015年7月31日(金)です。
なお、当選者以外の方へ結果等のご連絡はいたしませんのでご了承くださいませ。

【佐々木信也氏 メッセージ】

 皆さんこんにちは、佐々木信也です。
 今年は、1915年大阪府豊中市で「第1回全国中学校優勝野球大会」(現:全国高等学校野球選手権大会)が華々しく開催され、ちょうど満100周年を迎える記念すべき年です。
 私も、昭和24年、神奈川県立湘南高等学校野球部1年時に夏の甲子園に出場し決勝戦で岐阜高等学校と対戦し優勝してから66年を迎えようとしています。
 今でも、甲子園球場でのプレーとグラウンドの素晴らしさは鮮明に覚えております。また、終戦後間もない事もあり宿舎が甲子園球場で会期中寝泊まりを球場でした事も今では考えられませんね。そういう意味では甲子園球場の全てを知りつくしたと言えるかも知れません。

 野球経験者は、誰しも一度は甲子園を目指した事かとおもいますが、甲子園出場は高校3年間という限られた期間で目指す狭き門であり出場経験を得ず涙を飲んだ方も多いかと思います。
 そのような中、軟式野球で全国大会を「阪神甲子園球場」で行う「プライドジャパン甲子園大会」を初めて知りました。高校野球同様、全国47都道府県で予選大会を行う大会とお聞きしました。
 草野球は、友人、知人、職場仲間、学校時代の仲間でチームをつくり休日ともなれば各地で試合を行っておられますね。
 もう一度、チームで「甲子園」を目指してみませんか。
 私は「プライドジャパン甲子園大会」を応援しております。


■ 佐々木信也氏プロフィール
1933年(昭和8年)10月12日 神奈川県生まれ
1949年(昭和24年)、神奈川県立湘南高等学校で夏の第31回全国高等学校野球選手権大会に1年生で出場し優勝。その後、慶応義塾大学に進学、二塁手でプレー4年時にキャプテンを務めた。
大学卒業後、1956年(昭和31年)高橋ユニオンズに入団、同年、新人ながら154試合出場はシーズン試合出場の日本タイ記録、新人選手の全イニング出場は史上初。
1959年(昭和34年)現役引退。
1976年(昭和51年)4月から1988年(昭和63年)3月まで、フジテレビ「プロ野球ニュース」総合キャスターを務める。
 (通算成績)
・実働4年 466試合、1,602打数、424安打、13本塁打、101打点、打率.265
・最多安打:1回(1956年)
・ベストナイン:1回(1956年)
・オールスターゲーム出場:1回(1956年)